saki♪のAS・ADHD的なお話

AS(アスペルガー症候群)とADHD(注意欠陥多動性障害)を併せ持つsaki♪。障害ゆえの特性を中心に、気が付いたことや、番組や書籍の感想などを記述していきます。

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胸の痛み 「~アスペルガー障害を知ってますか~」

ザ・ドキュメント KTV 2006,9.28放送 を見て、直後に送った感想文です。
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アスペルガー障害とADHDを併せ持つ当事者です。
番組にアスペルガー障害を取り上げて下さってありがとうございます。
アスペルガー障害を含む発達障害はまだまだ知られていなかったり、偏見に満ちた知られ方だったりするので、メディアできちんと取り上げて下さるのはうれしいです。

当事者として番組を見ていて、母親の言葉や態度1つ1つに、あの「瞬(とき)」という少年と全く同じ感想を持ちました。
もう、うっとうしい! 超ウザイ! ほっといてくれ! そんな感じです。
私は自分がアスペルガー障害を持ちながら、一児の母でもあります。
同じく男児を育ててきました。
もう成人していますが、障害を抱えながら、子どもが1歳になる前に離婚していますので単身での子育ては本当に苦労の連続でした。

私も初めの頃は、教科書通りにしなければならない!と必死で子育てしようとしました。
でも、そこで行き着いたのは、虐待まがいの行動です。
どうしたって、教科書通りにならないどころか、ますますどうにもならないことの連続でしたから。
応用の利かないのは私の障害の特性でもあるので、日々混乱の連続でした。
虐待しかけては自分を責め、子どももますます不安定になり、ますますおかしな行動を取り・・・。
私自身、二次障害のうつ病にもなりました。

そんな中、子どもが中学生になった頃、思い方を変えることで突然楽になり、切り抜けることができました。
それは、どうしよう、こうしよう、こうなってくれては困る、そんな思いを全て捨てたことです。
子どもへの要求水準を最低に下げたのです。

「生きてさえいてくれたらよい」と。
できれば、犯罪を犯して欲しくはないと思いましたが。
それでも、息子に「お母さんは何があっても○○(息子の名前)の味方やで。たとえ犯罪者になって、世界中を敵に回しても、お母さんは味方になる」と宣言しました。
それから、子どもと私の関係は変わりました。
息子はアスペルガーではありませんが、他の発達障害を持っているだろうと思われます。
いわゆる育てにくい子どもでした。
今は成人し、逆に私の味方になり支えてくれています。

そこまで思い詰めるご両親は、それだけ息子さんの瞬くんを愛しておられるのでしょう。
それはよくわかります。
でも、表し方が、あまりにわかってないって思います。
髪の色にしてもそうだし、そんなことどうでもいいではないですか?
また、自分の思いを伝えるにしたって、久しぶりに会った途端にあれでは、もう、うっとうしくてたまりません。
実は、私の母があんな感じです。
ほんとうに、いちいち服装から何から何までうるさく、しばられ続けました。

その結果どうなるか? 
離れていくだけです。
愛情は、特にアスペルガーの者には、「こうやって小言を言うのもあなたを思ってのことよ」とか、「これも愛情の裏返しよ」とかいうのは通じません。
うっとうしく思うだけです。
番組の中でも、専門家の先生が「説教はマイナスになってもプラスにはならない」っていう意味ことを言われていましたが、その通りだと思います。

ご両親が、本当に悩み抜かれているってことはよくわかります。
きっとそうでしょう。
お母さんがアスペルガー障害を、というか「何かおかしい」ということだけでも発見してあげられたのもとても良かったと思います。
でも、そこからがいけません。
折角、診断がついたんだから、それを生かして欲しいです。

いろんなアスペルガー障害がらみの事件で心配になられるのはよくわかりますが、起こすような人間にならないためにも、どうやったらその子が安定してプラスの方向に成長していくか、もっともっと学んで対応してあげて欲しいと思います。
本人を前に「あなたは人を殺すかもしれない」なんて言語道断です。
子どもにそんなことを言うなんて信じられないし、許せない感じを持ちます。
せっかく診断を受けたのに、もったいないじゃないですか。
あんな、本人を追いつめるような育て方をしておられるのでは・・・。

私があの少年の立場で、あの家に居たとしたら、やっぱり居場所がないって思ったでしょう。
やっぱり出たいと思ったでしょう。
申し訳ないけれど。

たまたま、『【どう関わる?思春期・青年期のアスペルガー障害】「生きにくさ」の理解と援助のために 京都ひきこもりと不登校の家族会 ノンラベル編』を読んでいたので、映像で流してくださったのは良かったと思います。
読んだことが実際にこんな感じなのか、とわかったので。
ありがとうございました。

その中で、母と離れられない女性が、カラオケで「帰る!」と叫んで帰る場面がありましたね。
私はもうちょっと我慢をすることができるので、実際に叫ぶことはあの場ではしません。
(もっと追いつめられた場では、そうなってしまうことも有り得ますが。)
でも、声に出さなくても、あの女性と同じぐらいの“我慢ならなさ”を止めるための強烈なストレスを自分の中で処理しきれずに持っています。
そうするとどうなるかというと、その分、強烈なイライラ、またはそれが自分自身への責め、攻めになって、自分の体を痛めつけていきます。
当然、具合も悪くなり、人よりもそんなことの連続で1日過ごすことがずうっとストレスの固まりになり、疲れ果ててしまいます。
よく我慢が足りないような印象を持たれますが、逆に人の何倍も我慢し続けて、日々ボロボロになっているのです。

話がどんどん逸れていますが、番組を見て思ったこと、思いついたことを順不同でダラダラ書かせていただきました。
まとまらなくてごめんなさい。

ぜひ、これからも番組に発達障害を取り上げていただきたいと思います。


2006/9/29記述
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