saki♪のAS・ADHD的なお話

AS(アスペルガー症候群)とADHD(注意欠陥多動性障害)を併せ持つsaki♪。障害ゆえの特性を中心に、気が付いたことや、番組や書籍の感想などを記述していきます。

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パニックについて。

パニックについて、質問があったので、考えてみた。
元記事は、2007年3月10日の日記の中のこういう文章。

今日の1日、自分でやっぱり申し訳ないな~って思いが強い。 
なおさんは、私とは逆にめちゃくちゃ仕事が忙しくて大変やったらしく、残業の上、服もどろどろで身体もくたくたで帰ってきゃはった。 
滅多に、疲れた~とか、しんどい~とかって弱音を吐かはらへんなおさんが、疲れた~って。 
お疲れさんでした。 
 
だからせめて私は、床にドレッシング作りのビネガーを撒き散らしても、ヘルシオの鉄板すべらせていろんなもんなぎ倒して、床にばらまいても、ひたすらパニクらんように、叫んで迷惑かけんよう必死で耐えた。 
ようがんばった。(笑)
 

それに対して、感想でこういう声が寄せられた。

パニックをおこして叫ばなかったことで、
迷惑をかけなくてよかった、というのは、
うれしかったことだったんですね。

やっぱり、パニックをおこさないように耐えたほうが、
パニックをおこして、叫ぶときと比べて、
saki♪さんご自身も、
快適でいられるのでしょうか?

自分自身、パニック障害ですし、
教え子の中にも、アスペルガーのお子さんがいて、
パニックについては、関心があるのです。


そこでそのコメントへの返答を書き始めたんやけど、どんどん長くなってしもたんで、加筆してこちらでUPすることにしてん。

パニック障害のパニックと、自閉症のパニックと、言葉は同じでも、意味の違うものと受け止めてたんやけど、私の認識違いかな? 
パニック障害自体は、近い経験はしたことがあっても診断されるほどには至らんかったから、ようわからへんでごめんね。
一応本も読んだりしたので、知識がゼロではないですが。

私が語れるのは、自閉からのパニックのことです。
できれば避けたいと、もちろん思っています。
自分もへとへとになるし、もちろん人にも迷惑かけるし。
その時、もう発生してしまったら自分の意志とかでは、止めることが不可能。
できるだけ、すみやかに過ぎ去るのを待つしかない。
環境を整えられるなら、それにこしたことはない。
カームダウンエリアとかって、学校の子どもなんかでもその子が一番落ち着ける環境に連れてって(或いは自分で行って)できるだけ刺激を与えず、そこで嵐の去るのを待つ。
慰めやアドバイスの声かけでさえ、刺激となるので嵐が去るまでは何一つ刺激しない方がいい。

私の場合は、以前発達障害のこととかわからんかったときは、単に辛抱が足りんとか、受け皿(器?)が小さいとか、我が侭とか、些細なことでキレル幼い性格とか、そんな風に自分でも思ってて、人からも言われてて、上司にも非難されたり、自己嫌悪の塊で、情けなかった。
パニックの最中は、相手が上司でも暴言は吐くし、争い事が本来キライな私やのに、刺激に対しては全て戦闘態勢で攻撃。
(まあ泣き叫ぶぐらいやけど、でも仕事上では致命的)

今は理由がわかるから、そこまで自己嫌悪に陥ったりはせえへんけど、それでもとても消耗し、いい気がしないのは確か。
できれば、事前に食い止められたらありがたいな。

それもほんとは、パニックを起こすような場面自体を食い止められる(起こさない?)のが一番ありがたい。
でも、別の方も書いてはるように、そういう場面(ひっくり返したり)は日常茶飯事、しょっちゅう起こる。
ましてや、ADHDでもある私は、不注意で、人の数倍の確率で起こる。
もちろんパニックの原因は、物をひっくり返したりとか、そういうの以外の方が多いかもしれんけどね。

まあ、どういう原因にしろ、自分の処理能力を超えたときに起こってしまう。
その処理能力というのが、人の数倍小さいからしょっちゅう起こすことになる。

フラッシュバックからのパニックもある。
フラッシュバックからのパニックは、思いがその(過去の悪い経験の)想念でいっぱいになりそうな時に、できるだけ別のことに気を逸らす努力で回避できたこともあるし、その方が結果的には楽かな。
一瞬で襲ってくる場合(ある音を聞いて反射的になる場合とか)は、間に合わんことも多いけど、じわじわ迫ってくるときは、その想念切り替えみたいなんで、間に合う場合もある。
想念だけの切り替えは難しいから、行動ごと今やっていたことと違うことに換えてしまうとかね。

昨日のような場合、叫ばないで済んだことは結果的にはいろいろプラスになった。
もしあの場で叫んでいたことと比較すると、叫んでたら、やはり疲れてるなおさんに迷惑かけたことに対して済まない気持ちが発生してしまうし、当然、自分自身、ますますしんどくなってしまう。

私がパニックを起こしやすい時というのは、それ以前の状況がもういっぱいいっぱいになってる場合が多い。
昨日の場合でいうと、時間的に遅くなってしまっていたり。
1日休みの私が、なんで帰ってきゃはる時刻がわかってるのに、ましていつもより1時間も遅いからよけい時間がたっぷりあったはずやのに、こんなモタモタしてるんやろ、あかんやん、とかって自分を責めながら、焦りながらやってたり、
周りが片付いてない中でやってるので、一つの手順が狂うと、ドミノ倒し式に全部が狂ってしまい、物理的にも物が物をけ落として、物に躓いて、物をなぎとばしてまた次の物をひっくり返し。
大体、片づけができてへんのがあかんねん!ってまた責めてしまったり。
でも、私には何をどう片付けたらええかわからへんねんやん、誰か助けて~ってますますパニックが膨らんでしまったり。

そういうのが、日々(気持ち的に?)いっぱいいっぱいの中で、常に起こってしまう可能性があって。

どうやって起こしにくくするか、それは常々の課題です。

私の起こすパニックというのは、一番は泣く。
これはもうしょっちゅうのこと。
処理しきれなくなったら泣く。
静かなパニックの一つ。
それが激しくなってくると、大声で泣く、叫ぶ、自分をたたく、頭をぶつける。

じわじわ来る不安からのパニックの場合は、その前の段階で、爪や指をかちっかちっと音をさせて噛む、手が小さく動き始め、その内どこかをとんとん打ち付け出し、その内壁などをばんばん叩き続ける。
それでもそれは爆発ではなく、まだこれでも必死で耐えてる状況。

今はそこまでのパニックは起こしたことがないけど、以前は、泣き叫んで走り去るとか、会議の席で泣きながらわけわからんことを食ってかかるとか。

まあ、私の場合、「泣く」がキーワードで、感動とか純粋に悲しいとか、うれしいとか、そんな場面以外での「泣き」はほぼパニック状態の現れやと思うわ。

秋に、トニーアトウッド博士の講演会に行ってんけど、そこで「感情の道具箱」というのを教えてもらった。
感情を修復するため、コントロールするためのいろんな手だてって意味やと思うねんけど。
いろいろ例を挙げて説明してくれたはった。
いずれ、講演会の記録集が本となって出版されるらしいけど、私の場合折角講演会を聞きに行っても、すぐ忘れるし、得た情報を整理して自分に当てはめて生活に活かすというのは、簡単には難しいねん。
だれかに、「この説明のこの部分は、saki♪さんの生活でいえばこういうことになりますね。だからこれをこう活かしていってはどうでしょう?」とぐらい具体的に言うてもろて、初めてわかったり利用できたりすると思う。

別の方がアスペのお子さんが言われた言葉を書いてくれはってんけど、「静かなパニック」が存在すると。
そのお子さんはまだ小学3年生やねんけど、そういう風に自分を分析し、言葉に表し、それを母親に伝えられるというのはほんとにスゴイと思う。
その通りで、静かなパニックは存在する。
頭の中で固まってる。
でも、それは当然、周りの者には見えない。
何開き直ってるの? 反省してない、何も考えてない、そう取られる。
そのFちゃんの言葉で私も幼い頃からのことがいろいろ思い出された。

私はこの「静かなパニック」をかなり起こしていた。
 #もちろん、「やかましいパニック」もよう起こしてたけど。
いわゆる、フリーズ、固まるって感じかな。
ハムスターを見てると、ときどき動きがピタッと止まって、フリーズする。
全く同じ感じ。


未完成やけど、頭が疲れてきたんで、ここまででUPします。
また加筆すると思うけど・・・。
 #まとまらなくてごめんなさい。


=コメント=

亜紀子 | URL | AGI7I832


saki♪ちゃん、よく頑張って書いたね。
私はパニックになったときは叫びます。
叫んで叫んで、それを夫に止めて欲しくて叫びます。
一郎は、どうだろう。
パニックを起こさないためにも、自分のそばに来ないよう私にいいます。
これもひとつのパニック回避法かなと想っています。
自分で考えてるんだからすごいと想います。
私は、自分のパニックと一郎のパニックはにているようで違うかもしれません。
私のパニックは、とにかく私という存在を確かめたくて起こしているようなものです。
それを第三者(夫など)に気付いて欲しくてそうなってしまうのです。
叫ぶのもそう。
自分が涙が出ないかわりに思いっきり叫んでしまいます。
情けないです。
一郎は、数々のストレスやら幼い頃のことでパニック(フラッシュバック)になる見たいです。
パニック症候群といわれたこともあるけれど、
それとは違うような気がします。

ごめんなさい。私もまとまらなくなってきました。
( 2007年03月12日 08:40 [編集] )

saki♪ | URL | wVRCwILk


●亜紀子ちゃん‥…★
コメントありがとう。
涙が出ないって、すごいつらいね。
私みたいに、流れ続けるのも大変やけど、
出ないのはもっと悲しいかもしれへんね。

気付いて欲しくてそうなるっていうのは、
私にはちょっとわかりにくいかも。
パニック以外なら、私もそういう場面があるけどね。
パニックは、もうそういう思考さえできひん状態のときになります。
そこには、自分の意志とか想いとかは関係なく、
何らかの現象が起こります。
( 2007年03月12日 22:34 [編集] )

トモ | URL | -


どうもありがとうございます!
未完成でも、ここまでの文章を書くのは、
エネルギーの要ることだったとお察しします。
ものすごく、参考になります。

僕も、自閉症の話題だけに限定して、感想を書きます。

しかし、saki♪さんのように、パニックの原因を
自覚することで、自己嫌悪におちいる程度を軽くする
こともできるのだなあと思いました。
もしかしたら、パニックの回数も、
以前とくらべたら、減っているのではないでしょうか?

「自覚」というのは、大人になってからでないと、
むずかしいかもしれませんが、
亜紀子さんのお子さんのように、
自覚できる子もいるとすれば、
その自覚を、しっかりキャッチしていきたいです。

トニー・アトウッド博士の講演会、
僕も聞きに行きたかったです。
「感情の道具箱」のお話に、ものすごく興味があります。
( 2007年03月13日 00:11 [編集] )


=コメント=

亜紀子

そうか、そうなんですね。
お返事ありがとう、saki♪ちゃん。。

私は冷静にパニックを起こしているのかもしれませんね。
だって、気を引きたいのが先にでるんですもの。。
今思えば、訳がわからなくなったのはここ数回しかありません。
それがパニックなんでしょうね。
今も小パニックを起こしそうです。
夫に聞いてほしい。
夫と会話したい。
そんな単純なこともできず、苦しいです。
それで、大声を上げてしまうのかもしれません。

今だって、眠りたくない。
睡眠薬倍飲んだのに・・。です。
薬に対する耐性がついてきたのかもしれません。
気をつけないとね。
saki♪ちゃんも。
( 2007年03月17日 01:20 [編集] )

----------------------------
saki♪


●トモさん‥…★

私こそ、考えるきっかけをどうもありがとう。

パニックの回数は、大きなのは確かに以前よりは
減っているような気がします。
ただ、やっぱり(人的なものを含めた)周りの環境がかなり大きいと思うなあ。

トニー博士の講演録は必ずいつかは出るので、
待ってましょう!
( 2007年03月18日 01:37 [編集] )

saki♪ | URL | wVRCwILk


●亜紀子ちゃん‥…★
コメント2度もありがとう。

気付いて欲しくて、他に方法が思いつかなくて、
どうしようもなくて、叫ぶという行動に出てしまうのかも
しれないね。

今夜は眠れてるとええねんけど・・・。
昨日は完徹やったもんね。

私は睡眠薬も精神科の薬も、鎮痛剤も、
目薬も、便秘薬も、胃腸薬も、塗り薬でさえも、
今は何一つ、薬という薬は使ってないんよ。
私も極端やから・・・。
一つ使ったら、以前の薬漬けへ戻りそうで・・・。

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